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宮原知子選手 表現することへの挑戦 スケートアメリカ女子シングル

宮原知子選手 表現するという課題

宮原選手の今シーズンのショートプログラム「ファイヤーダンス」をようやく見ることができました。フリーの「ため息」もそうですが、今年は「表現する」ということに挑戦しています。

真面目で練習熱心な宮原選手が、「表現すること」に対してどのように取り組むのか、課題とされていました。

今回のスケートアメリカでは、目線や表情に留意し、動きがよりしなやかになったように感じました。

そして、一番の収穫は、真面目に滑り続けることで醸し出す「気迫」のようなものを感じさせるようになってきたことです。

わたしは、真面目な人が好きですし、人一倍練習熱心な宮原選手を尊敬もしています。

しかし、真面目というのは、日本では褒め言葉ですが、外国ではどうなのでしょうか?

とくに、芸術的に表現をするという場面では、真面目さというのは、時には足かせになってしまうのかもしれません。

宮原選手は、その真面目さという足かせから抜けだそうと努力をしています。そして、その努力は少しづつ成果をもたらしているように感じました。

一般に「表現」というと、「演じること」と決めつけてしまう傾向があります。

しかし、フィギュアスケートで言う芸術的「表現」とは、顔の表情を作ったり、役者のように演じることだけではないのです。

自分の持っている資質を、最大限に引き出すことも「表現」のひとつです。

筋金入りの真面目さというのも、ひとつの個性なのではないでしょうか?

そういう意味では、宮原選手の真面目さを完全になくしてしまうことは、マイナスの要素にしかなりません。

プロスケーターの橋大輔さんや鈴木明子さんのような生粋のダンサーでない限り、彼らのような「表現」を真似をしてみても絶対に追いつけないのです。

ダンサー気質ではないスケーターは、ほかの方法で芸術的な表現力を磨かなければならないのです。

宮原選手は、それを知っていて、ひとつひとつ精一杯模索中なんだなということを感じさせてくれました。

変にがんばって、「表現しています!」という演技でないところが、ホッとしました。

宮原選手の良さを残したまま、進化すべきなのです。

宮原選手の良いところは、小柄な体で表現する10代の女性のかわいらしさと、

生粋の負けず嫌いで真面目な侍のような性格という相反する要素が両立しているところです。

もっともっと自分に自信を持って、この素晴らしい要素を引き立たせるようなプログラムを作った時、さらに進化していくと信じています。

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